ひねくれた感想です。 偏見が入っていますので、 あまり攻撃的に読まないでください。 |
●初めてニコニコ動画を見て ●今回、電王戦で初めてニコニコ動画を見ました。 画面にコメントが流れるのですが、これが実にうるさい、っと最初は思ったのですが、 見ているうちにだんだん面白くなってきました。 その大きな理由は、コメントの大半はプロ棋士を応援するもので、 極端な誹謗・中傷がないことです。 ●「ネットは無法地帯だ」 と今まで考えていましたが、 あながちそうでもないんだなぁ、と感じました。 もっとも、たまに酷いコメントが流れることもあり、良心的とまでは言えませんが。 ●時間帯によって(つまり形勢によって)、画面に流れるコメントに、ある傾向が見られました。 ●プロ棋士、ソフトのいずれが優勢にしても、形勢に差がついたと思われる場面では、 「終わった」、「フロはいろう」 という礼を失したコメントが流れます。 誰に対して失しているかといえば、第一に対局者にです。 第二に、コメントを読まされる多くの方々にです。 フロに入るのは勝手ですが、何も公に発信することは無いと思います。 私だって、サッカー中継を途中で切り上げて風呂に入りますが、人に毒づいたりはしませんよ。 思うに、公(おおやけ)の概念に乏しいのでしょう。 無法地帯 というよりも、幼稚 と言った方がいいかもしれません。 それに 「終わった」 ってあなた・・・・、 勝負がつくのは、このようなコメントが流れてから数時間後です。 ●もう一種類、まだ勝負がついていないのに、「もう羽生しかいない」 という類のコメントも 以外と多く流れました。 対局者の姿を見ていながら、こんなことを言うとは。 大魔神怒る。 ●良いコメントも流れました。 今回プロ棋士は、3人が負け、1人が引き分けでしたが、 いずれの場合も対局の終了後、「プロってすごい」、「かっこいい」、「○○さんが好きになりました」 というコメントが多数流れました。 おそらく普段は将棋を見ない方も多かったろうと思いますが、 プロ棋士の姿を皆さんに見てもらえて、その姿に感銘を受けた方が多くいらして 私もうれしかった。 ●プロの読み ●プロ棋士に対する愚問の代表に 「何手先まで読むのですか」 というのがあります。 本で読んだか、NHK杯で聞いたか忘れましたが、 ある局面を見たとき、そこから数十手先はすぐに 「見える」 のだそうです。 この 「見える」 というのは 「直観」 とも違うようです。 「読む」 のはその先、果たして 「その先」 で良い手があるかどうか、 または良い局面をむかえられるかどうかを考えているわけです。 ●対局と同時進行の大盤解説があります。 プロ棋士が軽く5,6手の読み筋を説明すると、 画面には 「ほー」、「プロってすげー」 というコメントが流れるのですが、 こういう方達は初めて将棋の解説を見るのでしょう。 あんなのプロにとっては、読みという以前に一目でわかることなんですよ。 プロ棋士は、頭の構造からして凡人とは違うんです。 ●これは私の “感じ” なのですが、プロ棋士は、数学者 または 詩人 に近いと思います。 「将棋は数学だ」 と断言する研究者もいて、実際、将棋は 「二人零和有限確定完全情報ゲーム」 というものに分類されるそうです。 知ったかぶって載せてみました。ゲーム理論なんて知らないですけど。 ですから、数学者に近いというのは外れていないと思うのです。 問題は 「詩人」 の方ですが、将棋の手には、良い手・悪い手の他に 「斬新な手」、「大胆な手」、さらには「我慢の手」、「怒った手」、「品の無い手」 などというのがあります。 もっとも、最近は勝ち負けが大事で、「品」 という感覚は廃れているようです。 しかし、数学的な読み以外に、独創性や、棋譜に美しさを感じるところは詩人的でしょ、 って誰も賛同しないかもしれないけど。 ●19世紀、アイルランドの数学者でハミルトンは、 数学は詩と同じで抽象性、永遠性があると考え 数学の講義の中にも、やたらと詩の朗読を入れたそうです。 |
No.1 | ・はじめに ・電王戦とは ・プロ棋士とは |
2013年 4月 27日 |
No.2 | ・初めてニコニコ動画を見て ・プロの読み |
2013年 4月 27日 |
No.3 | ・全5局を見て |
2013年 4月 27日 |
No.4 | ・激闘、第4局 持将棋 ・あじあじ考 |
2013年 4月 27日 |
No.5 | ・人工知能 ・コンピュータの能力とSF |
2013年 4月 27日 |
No.6 | ・将棋とプロ棋士への思い |
2013年 5月 20日 |
No.7 | ・余談ですが |
2013年 5月 20日 |